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刑務官の副業

ニュービリビット(モンテンルーパ刑務所)より1通の手紙が届いた。

早速お二人に会いに刑務所に面会に行った。そこでお二人から聞いたいろいろなお話、
彼らが書き記している日記、他をここでご紹介していくことにした。

彼らが本当に無罪なのかどうかの審議はわからない。しかし彼らが経験してきたことは計り知れないことばかりで我々がフィリピンと言う国とかかわっていくのであればいざそういう事件に自分が巻き込まれたときに役に立つ事が日記に書かれている。彼らの日常起こる刑務所内の出来事から、、彼らの訴え、愚痴、他をここで紹介していきたいと思う。

ここから彼らの支援者が出てくるかもしれない?彼らはそれも期待していると言うことは本音の部分で話してくれた、、一人でも多くの人が彼らの獄中からの呼びかけに答えてくれればどんなにうれしい事か、、ほとんどの人には信じてもらえないと自覚しているしかし何処かに理解してくれる人がいるはずだとそれを信じて日記を書きたいと思う、

最後に二人が口を合わせて言っていました、我々が外にいたとしたらこのような訴えに恥ずかしながら多分耳を傾けなかっただろう、、囚われの身となり初めてはめられた囚人の気持ちがわかった。まさか自分がこのようなことになるとは夢にもおもわなかった。と、、

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手紙1

手紙2


獄中日記

天候、晴れ、夕方から雨、今日土曜日は、ステイ、イン(妻子の宿泊可能)である。日本の刑務所では考えられない。
僕は日本の刑務所へ入った事が無いが、本や知人から聞いたが、面会室での面会で、ガラス越しの会話。刑務官が会話を聞いており、指1本も触れる事が出来ない様だ。しかしフィリピンの刑務所はどうだろう。面会者の妻子が宿泊できる。考えられない。日本の刑務所で禁止されている事でもモンテンルーパでは可能である。覚せい剤、大麻、その他魔薬と名の付くもの全て有る。外部からの持ち込みは、不可能、過去に何度もパクられている。職員は持ち込み可能、安給料だから、副業として最高。日本の刑務所と違う所はモンテンルーパ刑務所には、ビデオケ、バスケットボールコート、テニスコート(テニスコートは元議員のプライベートコートも有る)ビリヤード場もある。今までテニスもやった事無い人間が刑務所でテニスを憶えてゆく。又、フィリピン人は、ギャンブルが好きで、ビリヤードでギャンブル、トランプ、コインの裏表(カラクロス)バスケットボール、以前は鶏闘も有った様だ。これらのギャンブルにしても本来は禁止されているが職員が上前を盗る(強盗のようなもの)中国人はトランプかマージャン、掛け金が違う。職員からすると、上客は中国人。中国人の大半が、ドラックスケースが多い。外部と連絡を取り合い、覚せい剤の売買。キロ単位の取引きをしている。刑務所内には、中国人は約100名ほどと思う。携帯電話は禁止されているが、かなりの台数が有る。携帯も職員が持ち込み囚人に売られている。又、職員に1000ペソ(約2500円)を支払い持ち込んでもらう。囚人の中には、チンコロ屋が居て、携帯の隠し場所等を通報し、職員より現金を受け取る。その携帯電話を職員は販売させる。携帯をパクられた囚人は、懲罰房へ入るかいやなら示談金を支払う。全て職員に金が入るシステムは出来上がっている。
今日の食事
朝食、ご飯とイワシ2匹(乾燥させた物で臭い4センチ位
昼食、ロミー(フィリピン風うどん)
夕食、イワシの缶詰め半分
僕の今居る所は、マキシム・セキュリティー・コンパンドと言って長期刑を収容している、近くにミディヨム・セキュリティー・コンパンド(中期刑)もう1ヶ所ミニマム・セキュリティー・コンパンド(短期刑)、長期刑だけでも12088名の囚人を収容している。食事に関しては、外部の業者で中国系のM,キコという会社が入っている。
マキシムの外にダバオ、パラワンの労働刑務所も担当している。相当な人数の食事を供給している。1人の囚人に対して、1日35ペソ(約100円弱)らしいが、僕が毎日食事していて1日35ペソとは思えない。どう見ても25ペソ(約65円)位だろう。例えば1日10ペソを詐欺したとすると囚人は約12000名、1日当り12万ペソ、1ヶ月360万ペソ、1年で、4320万ペソ(1億円強)を詐欺していることになる。会社側は、刑務所の上層部へ上納金を納めていると思う。労働刑務所を含めると膨大な数字となるだろう。。

外に出られぬまま亡くなった日本人服役者

ニュービリビット(モンテンルーパ刑務所)より1通の手紙が届いた。

早速お二人に会いに刑務所に面会に行った。そこでお二人から聞いたいろいろなお話、
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ここから彼らの支援者が出てくるかもしれない?彼らはそれも期待していると言うことは本音の部分で話してくれた、、一人でも多くの人が彼らの獄中からの呼びかけに答えてくれればどんなにうれしい事か、、ほとんどの人には信じてもらえないと自覚しているしかし何処かに理解してくれる人がいるはずだとそれを信じて日記を書きたいと思う、

最後に二人が口を合わせて言っていました、我々が外にいたとしたらこのような訴えに恥ずかしながら多分耳を傾けなかっただろう、、囚われの身となり初めてはめられた囚人の気持ちがわかった。まさか自分がこのようなことになるとは夢にもおもわなかった。と、、

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手紙1

手紙2


獄中日記

今日は朝から、日本晴れと言いたい所だが、ここではフィリピン晴れ。僕にとっては今日は大切な日である。クリスチャンとしての洗礼を受ける。外部からマニラ日本語教会(MJCC)から8名、ジュン先生の方々が訪問され、洗礼を受け、これで僕も正式にクリスチャンと成りました。
へブル13章5-8節の中で、あなたを見捨てない。又、ただの人間が私にどんな手出しができましょう。イエスは、昨日も今日もいつまでも変わることがありません。この言葉は僕にとって心強い言葉である。
今日もニュースではフェリーの沈没事故の二ュース、アメリカ海兵隊は到着しているが、一行に進展はない。事故から6日、生存者が居るとは考えがたいが、発表では、乗客862名、実際はそれ以上と思う。過去のフェリー事故で、会社側の発表は約800名の死亡、実際は4000名の死者を出したのですから、明らかに定員オーバーフィリピンの利益追求制度、こんな事故が発生しても、大統領はアメリカ訪問、いいえ旅行でしょう。。。立派な大統領です。どんなスキャンダルにも負けません。日本であれば、すぐに離職してますね。AKは、高熱と口内炎で苦しんでいる。今月で6日目。刑務所にも病院と名がつくものは在るが、急患で病院へ行っても、医師が不在、薬が無いと言う理由で、明日とか、金曜日の夜に病院へ行くと月曜日に来るように言われる。生死を伴う病気の場合、まった無しである。重病の場合、所外の総合病院へ行くが、現金が無ければ病院へも行けない。金が無いイコール死。
昨年10月6日、日本人のM山氏が亡くなった。病名は発表はしないが、ガンと思われる。所外の総合病院で検査を終っているのにもかかわらず、何ら治療もされず、亡くなる当日、血を吐き、病院へ運ばれたが、帰らぬ人となった。数日後、日本人全員が参加して、ミサが行われたが、そこはビックリ、死体が10体以上全裸のまま並んでいた。変色し、ミイラ状態の死体も又、奥様に臭い、例え様がない。神父が鼻にタオルでおさえて、ミサを行ったのが、記憶にある。僕が2001年~2002年10月まで、入管の拘置所で拘置されていた時で日本人が3名死亡、ここ刑務所でM山氏、4名の死を見てきた。明日は我が身、これが実感である。
今日に食事
朝食、コッペパン1個
昼食、野菜の煮物(野菜はドロドロ、かぼちゃが入っているらしく、下痢便風野菜の煮物)
夕食、小麦粉と不明の肉(肉の棒1本)

2008年6月27日金曜日
今日は、前日程、日差しは強くなは無いが暑い。生ビールでもと言いたいが、刑務所は禁止。しかし刑務所内では闇で販売してる。ビールは無いが、安物のブランディー小ビンで500ペソ(約1250円)大ビンで1200ペソ(約3000円)で販売している。面会者が持ち込む事は不可能、入場の際の手荷物検査、身体検査が行われるので無理。職員が持ち込んで、大きな利益を得ている。又、囚人が、刑務所内で密造している酒類もある。僕も以前飲んだ事があるが、下痢で一晩泣いた事もあった。下痢だけで命は助かったが、中には工業用アルコールで製造した酒を飲み死者を出したことも有る。2002年には、一度に23名が死亡している。2005年には2名が病院へ担ぎ込まれたが、1名は現金が有り薬を購入出来たので助かった、しかしもう1名は文無し、そのまま天国か地獄かは不明だが、あの世行き(ブランディーは外の店では小ビン40ペソ(約100円)大びん80ペソ(200円)の物)フェリーの沈没も進展しない。船内に危険な薬品が積まれているため、船内に入る事が出来ない模様だ。危険物の等の持ち込みは禁止されてると思うが、、、、
今日の食事
朝食、チョプラド(飯をおかゆ状にし、ココアと砂糖を入れた物)大の大人が食べる物じゃない、子供のおやつダヨ!!
昼飯、豚のレバーの煮物(レバーは3cm角位)前回、下痢を起こした為、食べる勇気が無い
夕食、アジ(4~5センチ位ホルマリン漬け)魚も自己防衛の為、食べれない。
夕食は昨日、僕の洗礼に来て下さった、マニラ日本語教会の方より頂いた、日本のレトルトカレーをベースにローカルのカレー粉、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、にんにくを入れ調理し食べた。カレーを食べるのも何ヶ月ぶりだろう。うまい!!
日本大使館が3ヶ月に1度面会に来るが、その際、食品を持ってきてくれますが、震災用の非常食です。毎回、カレー、シチュー、缶詰め類を持参するが全てといって良いほど賞味期限切れ。2002年、2004年の刻印が輝いていた。パイナップルの缶詰めを開けた時パイナップルが茶色でした。我々、囚人に人体実験されては困りますよ。外務大臣。
今日はギャンググループのC(コマンド)とS(スポットネック)の殴り合いの喧嘩が有った。借金のトラブルらしい。刺し合いには成らず、死者、負傷者は出ていない。時々、敵対グループの場合、殺し合いのケンカとなる。個人対個人がグループ対グループと成り、ナイフ、時には手製のショットガン(フィリピンギャンググループではスンパという)これを使うと、職員もM16、ショットガン、拳銃を使用し死者、負傷者は当然。ギャンググループに他に拳銃、手りゅう弾を所有するが、戦争にならない限り使用しない。(2006年12月のハッピーゴートBCの対立の時には、囚人側にマシンガンが有ったが、その後の検察では発見されていない。)

壁の中の教会

ニュービリビット(モンテンルーパ刑務所)より1通の手紙が届いた。

早速お二人に会いに刑務所に面会に行った。そこでお二人から聞いたいろいろなお話、
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手紙1

手紙2


獄中日記
今日は、朝から快晴で少し蒸し暑い。台風の雨がと少しでもと、自分勝手に言いたいことを言っている。
月曜、火曜日と面会日では無いので静かである。21日に沈没したフェリーの救出は全くといってよい程進んでいない。フィリピン海軍のヘリコプター、少数の部隊が出動している位。沈没してから4日が経過しているので、死体が数体、海面に上がった方を回収している。家族の思いは、どんなものだろう?内外から救援物資等が届いているが、これは、台風に関して
も同じで有るが、被害者の手元に届くには、一部、政府関係の私物となるのが、常。
米不足で海外からの支援は有るが、一般庶民には、届かず、政府関係者が販売している。
フィリピンに対しての援助国は、アメリカ、日本、オーストラる後の事。これは教育に関してだが、その金銭は、どこへ消えているのか、それは、はっきりしている。他の国の援助が有るが学校建設は、進まず、全てが不足している。これじじゃあフィリピンの未来は無いに等しい。
今日の食事
朝食、ソウパス(日本のシチュー似ているが、クリーミーではなく、水ぽい、気持ちだけミルクが入っている。それにマカロニと僕は、鶏肉と思って食べたが、骨が鳥にしては、細い、フィリピン人に聞いたところ、ネズミとの事、ゲ~ェ
昼食、野菜の煮物
夕食、イワシの缶詰め一人半分。:過去、イワシの缶詰めは消費期限切れ。ネコも食べない物を人間が食べていた。冗談とは思うが、猫が食べて死んだという話しも

今日は、朝から気持ちの良い快晴
僕は、クリスチャンですから、教会へ行き、モーニングデポーション。ここの刑務所には、カトリック、イグレシア、プロテスタント、モスリム、4等の教会が25教会以上有ると思う。中には、複数の教会のメンバーになる。なぜか?それは、クリスマス、アニバーサリーと教会から、石鹸、歯磨き、シャンプー、タオル、サンダル、食品等、ビヤヤと言って、もらえるからである。もらった人は、その品物を売って現金化する。それらの情報は、速い(今日、OO教会のアニバーサリーだぞ)と、普段なら、20~30名の礼拝が、その日に限り100名以上まで集まる。神様、ごめんなさい。アーメン
夜、何か変な女性の声がした。トイレへ行く、ついでに様子をうかがったところ、みんな真剣な顔で、テレビから目を離さない。又、右手が激しく上下ピストン運動を、左手には、タオル、アッ!!OOOOか!!恥ずかしくも無く、よくやるョ。
前にOOOO中に急にテンカンの発作を起こし泡を吹いたヤツもいた。又、たばこを吸いながらOOOOしていて、人から(タバコの灰の事を注意され)、殴り合いケンカ。
人間じゃねェヨ、猿かそれ以下だ。
今日の食事
朝食、フィリピンのおかゆ
昼食、豚肉の脂肪、2cm角位、スープなし
夕食、バゴス(フィリピンのナショナルフィシュ、5cm弱位)魚は、いつもの様にホルマリンの臭い。(ビヤヤとは刑務所の言葉で、プレゼントと言う意味)

フェリー沈没!獄中日記

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早速お二人に会いに刑務所に面会に行った。そこでお二人から聞いたいろいろなお話、
彼らが書き記している日記、他をここでご紹介していくことにした。

彼らが本当に無罪なのかどうかの審議はわからない。しかし彼らが経験してきたことは計り知れないことばかりで我々がフィリピンと言う国とかかわっていくのであればいざそういう事件に自分が巻き込まれたときに役に立つ事が日記に書かれている。彼らの日常起こる刑務所内の出来事から、、彼らの訴え、愚痴、他をここで紹介していきたいと思う。

ここから彼らの支援者が出てくるかもしれない?彼らはそれも期待していると言うことは本音の部分で話してくれた、、一人でも多くの人が彼らの獄中からの呼びかけに答えてくれればどんなにうれしい事か、、ほとんどの人には信じてもらえないと自覚しているしかし何処かに理解してくれる人がいるはずだとそれを信じて日記を書きたいと思う、

最後に二人が口を合わせて言っていました、我々が外にいたとしたらこのような訴えに恥ずかしながら多分耳を傾けなかっただろう、、囚われの身となり初めてはめられた囚人の気持ちがわかった。まさか自分がこのようなことになるとは夢にもおもわなかった。と、、

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手紙1

手紙2


日記

今日は朝から快晴、昨日までの台風(フランク)が嘘の様だ。台風は各地で大きな被害を受けた。フェリーボート、プリンセツ オブ ザ スター号の救助活動は行われていない。自力で脱出した30名以外は船内、フィリピンには、救助用の装備が無いのか、明日、アメリカ海兵隊の沖縄からの到着待ち状態。救出を待つのでは無く、死を待っているが、正しい表現かもしれない。日本その他各国から、援助を受けていのに、装備が無い。大統領
、議員が個人の装備を整えているのでしょう。日本であれば、救出、保障問題と大きな問題で有ろう。
話に聞くと、死者に対して20万ペソ(50万)負傷者に5万ペソ(12万5千円)とか。
夜になり続報が入った、死者130名、負傷者28名、不明者350名、正確に調べたとは思えない。21日出発前からエンジントラブルが発覚していたのに出航許可を出しているのだから、台風による天災ではない、明らかに人災である。会社側は補償問題の都合で、最後まで台風による天災と終始、言い続けるだろう。
今日の食事
朝食、パン1個(日本のコッペパン風10cm位)
昼食、牛の腸の様な物(4×4cm位1枚)
夕食、小麦粉に少々の肉を混ぜ練り(何の肉かは不明、ネコかな?ネズミかな?)を棒状にした物1本。今日の総カロリーは、どの位だろう?500カロリーは無いと思う。本で読んだが、日本の刑務所は1日2660カロリーと思う、毎日、毎日、体力が低下している。調理場の衛生面にも問題が有る。以前は、米、野菜、肉類、は洗わずに、そのまま料理していたので、ご飯は茶色、ナイロンのヒモ入り、ヒモ付きなら良いが、石、何でも入っていた。これより前は、ギャンググループの抗争で、抗争相手の飯等に、小便、ツバをいれてた時代もあった。又、米、野菜、肉類、魚、調味料を盗み出し販売していた。そのボスはなんと、刑務所の職員とか。職員がドロボウの上前をはねる。

獄中日記

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彼らが書き記している日記、他をここでご紹介していくことにした。

彼らが本当に無罪なのかどうかの審議はわからない。しかし彼らが経験してきたことは計り知れないことばかりで我々がフィリピンと言う国とかかわっていくのであればいざそういう事件に自分が巻き込まれたときに役に立つ事が日記に書かれている。彼らの日常起こる刑務所内の出来事から、、彼らの訴え、愚痴、他をここで紹介していきたいと思う。

ここから彼らの支援者が出てくるかもしれない?彼らはそれも期待していると言うことは本音の部分で話してくれた、、一人でも多くの人が彼らの獄中からの呼びかけに答えてくれればどんなにうれしい事か、、ほとんどの人には信じてもらえないと自覚しているしかし何処かに理解してくれる人がいるはずだとそれを信じて日記を書きたいと思う、

最後に二人が口を合わせて言っていました、我々が外にいたとしたらこのような訴えに恥ずかしながら多分耳を傾けなかっただろう、、囚われの身となり初めてはめられた囚人の気持ちがわかった。まさか自分がこのようなことになるとは夢にもおもわなかった。と、、

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手紙1

手紙2


日記
天候、曇りのち雨、台風の影響で午後から大雨。午後2時40分、I氏、方々5名が面会に来られ、2名が女性、日本人の若い女性が、日本女性を見るのは何年ぶりだろう。私JPも少々若返った気が一瞬、しかし、すぐ我にかえった。異様に日本人が恋しくなった。

今日の出来事
昨日、パトロールにより、ビルディング4に居房している中国系フィリピン人がエクスタシー所持で摘発され、今日ビルディング14重度懲罰房へ移動した。同じ囚人で教会の牧師が先に摘発され、中国系フィリピン人Uの名前を出した様だ。
でも、数千ペソの示談金を納めたら、まぁー1週間位で帰ってくるだろなあー、

今日は土曜日、妻、子供が宿泊して良い日です。宿泊が出来るから、子供も出来るのでしょうね、、日本では考えられないと思います。その考えられない事が、ここ、モンテンルーパ刑務所です。

今日の食事
朝食、フィリピン風おかゆ(ルガオ)昼飯、豚のレバーの煮物、少々、異臭がした。夕食は、4-5cm位のアジ、生で支給、臭いは、ホルマリン、魚はドロドロで食べる事が出来ない。しかしフィリピン人は、旨そうに頭まで、バリバリ食べている。豚のレバーは、再調理したが、異臭は残っていた。JPは我慢して食べたが、PJは健康上、食べられない様だ。僕は気のせいか、腹がゴロゴロする

次の朝僕が起床した時から下痢で3度トイレへ走った。昨日の豚レバーが原因と思われる。食べなかったPJは異常なし。昨日からの台風による大雨は、益々激しく、刑務所所内は停電。停電だけなら、まだしも断水も伴なう、洗濯、シャワーに苦労する。過去5日~1週間、停電の時が有ったが、その時18Lポリタンク(飲料水)が50ペソ(120円)~100ペソ(240円)で販売していた。
これも囚人の大切な収入源。我々は大使館の協力で水の支給があった。停電も二種類トランスの破損、刑務所側の電気料金の滞納 昨年300万ペソの滞納が有ったと聞いた。
年間予算は出ているのに、何故。その電気料金はなぜ消えたのか。
ちなみに昼の電気は囚人個人の負担と決まってる。

話は変わりますが、6月21日ロブロン沖で台風の影響でフェリーボート、プリンセツ オブ ザ スター号が沈没した。乗客約700名、死者、救助者等不明。1ヶ月前に、PJが近々、飛行機か船の事故が有ると言っていたのが事実と成った。
又、今日日曜日は、各種支払い日房に対して1週間1週間の積み立て金全員ではないが、店舗、コーヒー、タバコ等の支払い。
ファイブ・シックス(囚人金融)1週間で20%の金利、例えば1000ペソ借りて、1200ペソの返済、日本のトイチより厳しい。返済しない場合は、時として、太く長い木製の棒(バットの様な物)で尻を打たれる。負債者にとって苦痛の日となる。打ち所が悪ければ、身体障害者の仲間入り。昨年の暮れ、日本人として始めて、借金を払わず、1週間、5発を数回続けた、Sさん本人によると、大丈夫と笑っていた。日本人として恥ずかしくないのだろう?。
今日の食事は朝食は乾燥魚(イワシ4センチ位)2匹
昼食、モンゴ(大きな小豆、緑色、その豆を煮込んだ物)
夕食、卵1個(生で支給、現金が無ければ生で食べるしか無い、下痢が心配で、生では食べられない。)
下痢で思い出したが、数年前、同じ房に日系ブラジル人M.Nが下痢で、下痢は下痢でも、食べ物が原因ではない、内縁の妻の面会で、Hのやり過ぎで、腹を冷やし下痢をした。本人はトイレへ走るが間に合わず、下痢便を爆発させた。その時間帯は多くの者が、寝ており、顔、身体は、OOだらけ、臭いも強烈だったそうだ。

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プロフィール

管理人

Author:管理人
メールアドレス  free4649@msn.com

P J  1962年2月4日生まれ 46歳   
    罪名 強姦罪 刑期 無期1997年9月1日 1997年9月1日 12歳の子をレイプしたと訴えられセブ署にて逮捕 9月3日ダナオ刑務所に移管2週間後保釈、2001年7月20日 判決 2001年8月20日 モンテンルパ刑務所に移管


P J  1957年5月5日生まれ 51歳            
    罪名 詐欺罪 刑期 16年~20年 2001年9月24日 マカティ警察 逮捕 拘留 9月27日ビクータン入国管理局留置所 2002年10月4日 判決が下り 2004年10月10日 ニュビリビットモンテンルパ刑務所 Mediam 入所 2006年4月6日無期死刑房に移管、現在に至る。

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