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日本人初の死刑判決

ニュービリビット(モンテンルーパ刑務所)より1通の手紙が届いた。

早速お二人に会いに刑務所に面会に行った。そこでお二人から聞いたいろいろなお話、
彼らが書き記している日記、他をここでご紹介していくことにした。

彼らが本当に無罪なのかどうかの審議はわからない。しかし彼らが経験してきたことは計り知れないことばかりで我々がフィリピンと言う国とかかわっていくのであればいざそういう事件に自分が巻き込まれたときに役に立つ事が日記に書かれている。彼らの日常起こる刑務所内の出来事から、、彼らの訴え、愚痴、他をここで紹介していきたいと思う。

ここから彼らの支援者が出てくるかもしれない?彼らはそれも期待していると言うことは本音の部分で話してくれた、、一人でも多くの人が彼らの獄中からの呼びかけに答えてくれればどんなにうれしい事か、、ほとんどの人には信じてもらえないと自覚しているしかし何処かに理解してくれる人がいるはずだとそれを信じて日記を書きたいと思う、

最後に二人が口を合わせて言っていました、我々が外にいたとしたらこのような訴えに恥ずかしながら多分耳を傾けなかっただろう、、囚われの身となり初めてはめられた囚人の気持ちがわかった。まさか自分がこのようなことになるとは夢にもおもわなかった。と、、

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手紙1

手紙2


獄中日記

今日は昨日と打って変わって雲一つ無い快晴である。月曜日は面会も無く静かな1日である。今日の出来事としては、別に変わったことは無いが、午後5時に総点呼が行われた。通常の点呼は、1日3回午前5時、午前8時30分、午後5時30分である。職員は人数を聞くだけで、実際の数は、把握くしていない。月末位に総点呼が行われる。この点呼は全ての囚人が出る。一人一人名前を呼ばれたら、自分の囚人番号を告げる1カ月1回だから、例えば行え不明に成っても1カ月間は、発覚しないこともある。過去に殺された後、バラバラに切断されトイレに捨てられた事件が有ったが、直ぐに発覚しなかった。
この刑務所には、今、」日本人が7名居るが、中には事務所に(日本人観光客が来たから、私を呼んで下さい。受け取った現金の半分を払います)といった様に頼んでいる者もいる。僕に言わせれば(こじき)そんな日本人も居る。
食べる物にも、大変とか、(日本から送金が有るから、それまで貸して下さい)と金を騙し取る事を考えている。マスコミを通して、いろいろ日本国内から同情を受け、支援金等、受け取っているが、裏では違う(ヤッター)とばかり、スパーVIPといわんばかりに、金をばら撒く。
自分の子供を助けようと送金していた。今では年金暮らし。父親は病気で入院していたが、その治療費も送金した。父親は、まもなく病死した。
治療費まで送らせて、殺した様なものだ。
悪魔だ、実に自分の状況を考えず、自慢にも成らない。日本人初の死刑判決は、1980年代、コカイン罪のO田さんである。
19年間の刑所生活を終え2004年に出所した。O田さんの判決当時は死刑制度は廃止されていたが、あえて裁判長は死刑判決を言い渡した。
自動的に無期に落ち着いた。過去に死刑判決を下されても、自動で、最高裁への控訴なる。ほとんどが、無期に減刑される。今まで死刑が執行された者は、強姦、強姦殺人、強盗殺人で薬物によるし死刑が執行された事実は無い。
2006年に再度、死刑制度が廃止されたが、その後、凶悪犯罪が多発している、殺人、強盗、コカイン殺人、銀行強盗で行員、警備員9名を射殺した事件も記憶に新しい。事件に応じて、死刑制度を再開を望む。最近、テレビ、新聞を読んでも、毎日の様に凶悪事件が発生している。日本人の被害者も続出している。
フィリピンの警察の検挙率は低いから、犯罪天国だ。
刑務所には、日本人を被害者とする囚人が数名、服役さて居る。古くは、若王子さんの事件、オカマと日本人との三角関係からの殺人犯、もっと古いのは、岡田母子保険金目的殺人等が服役さている。MILF、アブサヤフ等テロリストも服役している。これらのテロリストは11番房舎に居房しているが、11番は、軍隊関係、警察関係者の居房である。面白いな~。また、故アキノ氏の暗殺犯とされている者達も11番房舎に、数名は病死、1名は70才以上と言う事で大統領、恩赦で出所している。仮出所の申請をしても出られない、裏で誰かが動いているのだろう。若王子さんの事件の犯人は今、1人は地方の労働刑務所へ、もう1人は、リビング・アウト、と言って、壁の外で、一年~二年以内に出所する為のリハビリテーションの様なものである。僕が中期刑ミディヨム・セキュリティー・コンパンドで服役していた時、会ったことが有るが、房長、並みのよい生活をしていた。岡田事件の殺人の仲介役O・クルーズとも会って話を聞いたことも有る。O・クルーズは、1980年代に刑務所から逃走し、偽装パスポートで日本へ渡航している。福島県たいら市の製造会社に勤務していた。そこで、日本人と知り合い、殺人の仲介役となった。
今日の食事
朝食、チョプラド(飯をおかゆ状にし、ココアと砂糖を入れた物)
昼食、チャプスイ(野菜の煮物)
夕食、魚5㎝位、(例によりホルマリン漬け)
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★No title

管理人様こんにちは。
実際に罪を犯して最低な人間と、
セットアップなどによって冤罪の可能性がありながら
服役させられている人間が同じ房の中に・・・
遣る瀬無いですね。
フィリピンの警察の怠慢捜査と捜査の向上が行がなければ
犯罪は減っていかないと思いますし、
冤罪も無くならないと思うのですが・・・

★No title

すいません。ひとつお聞きすること忘れてました。
文中で私も服役・・・とございますが
管理人様も服役なさってたんですね。

★解決策?

1つ思いつきました。
コネのフィリピン社会なら、上院議員に御願いする。但し冤罪と思われる人に限る。
条件は、再審はせず即刻国外退去。
渡行費用や入所時の経費は本人が支払う。(日本政府に保証させる)
場合によっては永久入国禁止措置をとる。
等々の事をフィリピン司法省に働きかけてもらう。
本人にとっては犯罪者のままだし金銭的な負担があるけど中に居るよりは良いと思う。
フィリピンにとっても日本に恩を売ると言うメリットがあるはずだし、再審をしないのでフィリピンの面子もたつはず。
だめかな?難しいかな?

★bigbrother 様

bigbrother 様 確かにそのとうりなのでしょうが、冤罪はなくさなくてはいけないと思います、そのために何をすればいいのか?特に外国で起こる事故に大使館は無関係、冤罪を減らすにはやはり大使館がもっと動かなくてはいけないと勝手ながら私は思います。

管理人 J 含め ここを管理している共同管理人3名は服役経験はございません。
上記の日記はすべてJPさんPJさん、お二人の日記です。わかりづらくて申し訳ございませんでした。徐々にこの部屋を完成させていきますのでよろしくお付き合いください。

★JION様

JION様確かにいい考えだとは思いますがやはりこれも個人レベルですと難しいと思われます。やはり大使館あたりが先頭に立ち交渉をするか、たくさんの邦人を集め団体を作り意見書的なものをぶつけるか?どちらにしても同志を集めることが大切なことだと私は思います。しかし他人事となるとなかなか重い腰を起こさないのが人間自分が経験して初めてことの大切さが理解でき、そういう集まりにも協力できるようになる。このお二人が獄中より外に出られたときは先頭に立ち冤罪撲滅運動などを率先してやられることと思います。しかし外から見ている人たちはそんなのに巻き込まれたくない、、だとかそんな時間があれば楽しい時間をすごしたい、、などと考えられる方のほうが多いような気がいたします。

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プロフィール

管理人

Author:管理人
メールアドレス  free4649@msn.com

P J  1962年2月4日生まれ 46歳   
    罪名 強姦罪 刑期 無期1997年9月1日 1997年9月1日 12歳の子をレイプしたと訴えられセブ署にて逮捕 9月3日ダナオ刑務所に移管2週間後保釈、2001年7月20日 判決 2001年8月20日 モンテンルパ刑務所に移管


P J  1957年5月5日生まれ 51歳            
    罪名 詐欺罪 刑期 16年~20年 2001年9月24日 マカティ警察 逮捕 拘留 9月27日ビクータン入国管理局留置所 2002年10月4日 判決が下り 2004年10月10日 ニュビリビットモンテンルパ刑務所 Mediam 入所 2006年4月6日無期死刑房に移管、現在に至る。

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