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獄中 ギャングA VS ギャングB

ニュービリビット(モンテンルーパ刑務所)より1通の手紙が届いた。
早速お二人に会いに刑務所に面会に行った。そこでお二人から聞いたいろいろなお話、彼らが書き記している日記、他をここでご紹介していくことにした。彼らが本当に無罪なのかどうかの審議はわからない。しかし彼らが経験してきたことは計り知れないことばかりで我々がフィリピンと言う国とかかわっていくのであればいざそういう事件に自分が巻き込まれたときに役に立つ事が日記に書かれている。彼らの日常起こる刑務所内の出来事から、、彼らの訴え、愚痴、他をここで紹介していきたいと思う。ここから彼らの支援者が出てくるかもしれない?彼らはそれも期待していると言うことは本音の部分で話してくれた、、一人でも多くの人が彼らの獄中からの呼びかけに答えてくれればどんなにうれしい事か、、ほとんどの人には信じてもらえないと自覚しているしかし何処かに理解してくれる人がいるはずだとそれを信じて日記を書きたいと思う、最後に二人が口を合わせて言っていました、我々が外にいたとしたらこのような訴えに恥ずかしながら多分耳を傾けなかっただろう、、囚われの身となり初めてはめられた囚人の気持ちがわかった。まさか自分がこのようなことになるとは夢にもおもわなかった。と、、

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手紙1

手紙2


このたびJP,PJ両名が今後牢獄で生き抜く手段として支援者、親兄弟の寄付だけではなく、自立?
収入を作りたいということで、刑務所内で作られる製品?をここを使い売ることはできませんか?
と投げかけられ、獄中通信販売??みたいなものをテストで作ってみた。

まだ工事中で中途半端ですが完成させて彼らのビジネス?に一役のってみようとここの協力者の人達と打ち合わせさせていただき決めました。

そしてスポンサー様、協力者様のバナーを作成はらさせていただきたくさんの方との協力体制の中ここを運営させていただこうかと考えております。皆さんのご協力ご支援心よりお待ち申しております。
  ↓  ↓  ↓
http://monten.rakurakuhp.net/

獄中日記
今日、管理人様ら4名の方がご訪問下さった。皆様の数々の貴重な御言葉に感謝しています。又、日本の書籍を御持参下さり、本当に有り難いと思います。刑務所内では絶対に入手できない物です。管理人 J様 が話された、バラバの件は偶然でした。2002年に僕がミデゥム(中期刑)にて服役してた時、日本人の服役囚M田さんから、頂いた聖書が、そのバラバのメンバー2000年に訪問された時にいただいたと聞いていました。
今日、フィリピン人から聞いた話しだが、隣りの房の房長の内縁の妻の子世である。内縁の妻は以前に土地27ヘクタールを担保に融資を受けていた。ところが、今度はその土地を400万ペソ(1000万円)で売却してしまった。売却し受け取った現金は家族で分配したそうだ。土地の購入者は、土地が担保になっていることを知り、告訴する様だ。房長も内縁の妻もビクビクしている。400万ペソ返金しなければ逮捕されるだろう。房長にしてみたら面会者は、皆無に等しいし、内縁の妻と家族は詐欺罪として12年から20年の刑期だろう。昨日の夜、PJが最近マキシム(長期刑)も静かだから、近々トラブルが有ると言っていた。大きい事件ではないが、僕らの居室の真上の房の房長が飲酒し、酔っ払っている所を看守に発見され、ガードハウスに連れ込まれ、素手、棒で滅多打ちにされたらしい。殺されたかは現時点では不明。生きていたとしても、房長の座を失い、パトリーナ(懲罰房)か地方の労働刑務所へ飛ぶだろう。この房長は覚せい剤中毒で金があれば覚せい剤にふけっている。
スティン・イン(妻子の宿泊)中のトラブルで思い出すのは、2006年12月末のことだ。原因は、ビルディング3のギャング・グループ、ハッピー・ゴー・ラッキーの中国人がビルディング13のギャング・グループ、バタン・セブの人間に大麻を売った事から始まる。バタン・セブのメンバーは1本100ペソ(250円)の大麻を買い500ペソ紙幣で支払った、しかしハッピー・ゴー・ラッキーの中国人はつり銭を渡さなかった。その内、口論となり、その後、ギャング・グループ間の争いになった。両グループは武器を持ち出した、手製ショットガン、マシンガン、ナイフを使用し戦争状態に突入した。そこへ看守が散弾銃を発砲、みんな走って逃げ回った、僕も一緒に走り逃げた。看守は容赦なく発砲する。最後に残ったのは、死体が3体。この日のスティン・インの面会者に被害が無くよかった。PJから聞いた話だが、居室はガードハウスの近くで看守が威嚇射撃をした時、PJの娘2人は流れ弾の危険が有るので又、恐怖の為、床に伏せていたそうだ。PJも奥さんも顔を真っ青にして、ビビっていたとの事。日本でもなかなか体験出来ない事も、ここの刑務所では体験出来るのだ。
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テーマ : (`д´)ウオォォォ!!
ジャンル : 日記

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プロフィール

管理人

Author:管理人
メールアドレス  free4649@msn.com

P J  1962年2月4日生まれ 46歳   
    罪名 強姦罪 刑期 無期1997年9月1日 1997年9月1日 12歳の子をレイプしたと訴えられセブ署にて逮捕 9月3日ダナオ刑務所に移管2週間後保釈、2001年7月20日 判決 2001年8月20日 モンテンルパ刑務所に移管


P J  1957年5月5日生まれ 51歳            
    罪名 詐欺罪 刑期 16年~20年 2001年9月24日 マカティ警察 逮捕 拘留 9月27日ビクータン入国管理局留置所 2002年10月4日 判決が下り 2004年10月10日 ニュビリビットモンテンルパ刑務所 Mediam 入所 2006年4月6日無期死刑房に移管、現在に至る。

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