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獄中 ギャングA VS ギャングB

ニュービリビット(モンテンルーパ刑務所)より1通の手紙が届いた。
早速お二人に会いに刑務所に面会に行った。そこでお二人から聞いたいろいろなお話、彼らが書き記している日記、他をここでご紹介していくことにした。彼らが本当に無罪なのかどうかの審議はわからない。しかし彼らが経験してきたことは計り知れないことばかりで我々がフィリピンと言う国とかかわっていくのであればいざそういう事件に自分が巻き込まれたときに役に立つ事が日記に書かれている。彼らの日常起こる刑務所内の出来事から、、彼らの訴え、愚痴、他をここで紹介していきたいと思う。ここから彼らの支援者が出てくるかもしれない?彼らはそれも期待していると言うことは本音の部分で話してくれた、、一人でも多くの人が彼らの獄中からの呼びかけに答えてくれればどんなにうれしい事か、、ほとんどの人には信じてもらえないと自覚しているしかし何処かに理解してくれる人がいるはずだとそれを信じて日記を書きたいと思う、最後に二人が口を合わせて言っていました、我々が外にいたとしたらこのような訴えに恥ずかしながら多分耳を傾けなかっただろう、、囚われの身となり初めてはめられた囚人の気持ちがわかった。まさか自分がこのようなことになるとは夢にもおもわなかった。と、、

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手紙1

手紙2


このたびJP,PJ両名が今後牢獄で生き抜く手段として支援者、親兄弟の寄付だけではなく、自立?
収入を作りたいということで、刑務所内で作られる製品?をここを使い売ることはできませんか?
と投げかけられ、獄中通信販売??みたいなものをテストで作ってみた。

まだ工事中で中途半端ですが完成させて彼らのビジネス?に一役のってみようとここの協力者の人達と打ち合わせさせていただき決めました。

そしてスポンサー様、協力者様のバナーを作成はらさせていただきたくさんの方との協力体制の中ここを運営させていただこうかと考えております。皆さんのご協力ご支援心よりお待ち申しております。
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http://monten.rakurakuhp.net/

獄中日記
今日、管理人様ら4名の方がご訪問下さった。皆様の数々の貴重な御言葉に感謝しています。又、日本の書籍を御持参下さり、本当に有り難いと思います。刑務所内では絶対に入手できない物です。管理人 J様 が話された、バラバの件は偶然でした。2002年に僕がミデゥム(中期刑)にて服役してた時、日本人の服役囚M田さんから、頂いた聖書が、そのバラバのメンバー2000年に訪問された時にいただいたと聞いていました。
今日、フィリピン人から聞いた話しだが、隣りの房の房長の内縁の妻の子世である。内縁の妻は以前に土地27ヘクタールを担保に融資を受けていた。ところが、今度はその土地を400万ペソ(1000万円)で売却してしまった。売却し受け取った現金は家族で分配したそうだ。土地の購入者は、土地が担保になっていることを知り、告訴する様だ。房長も内縁の妻もビクビクしている。400万ペソ返金しなければ逮捕されるだろう。房長にしてみたら面会者は、皆無に等しいし、内縁の妻と家族は詐欺罪として12年から20年の刑期だろう。昨日の夜、PJが最近マキシム(長期刑)も静かだから、近々トラブルが有ると言っていた。大きい事件ではないが、僕らの居室の真上の房の房長が飲酒し、酔っ払っている所を看守に発見され、ガードハウスに連れ込まれ、素手、棒で滅多打ちにされたらしい。殺されたかは現時点では不明。生きていたとしても、房長の座を失い、パトリーナ(懲罰房)か地方の労働刑務所へ飛ぶだろう。この房長は覚せい剤中毒で金があれば覚せい剤にふけっている。
スティン・イン(妻子の宿泊)中のトラブルで思い出すのは、2006年12月末のことだ。原因は、ビルディング3のギャング・グループ、ハッピー・ゴー・ラッキーの中国人がビルディング13のギャング・グループ、バタン・セブの人間に大麻を売った事から始まる。バタン・セブのメンバーは1本100ペソ(250円)の大麻を買い500ペソ紙幣で支払った、しかしハッピー・ゴー・ラッキーの中国人はつり銭を渡さなかった。その内、口論となり、その後、ギャング・グループ間の争いになった。両グループは武器を持ち出した、手製ショットガン、マシンガン、ナイフを使用し戦争状態に突入した。そこへ看守が散弾銃を発砲、みんな走って逃げ回った、僕も一緒に走り逃げた。看守は容赦なく発砲する。最後に残ったのは、死体が3体。この日のスティン・インの面会者に被害が無くよかった。PJから聞いた話だが、居室はガードハウスの近くで看守が威嚇射撃をした時、PJの娘2人は流れ弾の危険が有るので又、恐怖の為、床に伏せていたそうだ。PJも奥さんも顔を真っ青にして、ビビっていたとの事。日本でもなかなか体験出来ない事も、ここの刑務所では体験出来るのだ。
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テーマ : (`д´)ウオォォォ!!
ジャンル : 日記

事件内容

ニュービリビット(モンテンルーパ刑務所)より1通の手紙が届いた。
早速お二人に会いに刑務所に面会に行った。そこでお二人から聞いたいろいろなお話、彼らが書き記している日記、他をここでご紹介していくことにした。彼らが本当に無罪なのかどうかの審議はわからない。しかし彼らが経験してきたことは計り知れないことばかりで我々がフィリピンと言う国とかかわっていくのであればいざそういう事件に自分が巻き込まれたときに役に立つ事が日記に書かれている。彼らの日常起こる刑務所内の出来事から、、彼らの訴え、愚痴、他をここで紹介していきたいと思う。ここから彼らの支援者が出てくるかもしれない?彼らはそれも期待していると言うことは本音の部分で話してくれた、、一人でも多くの人が彼らの獄中からの呼びかけに答えてくれればどんなにうれしい事か、、ほとんどの人には信じてもらえないと自覚しているしかし何処かに理解してくれる人がいるはずだとそれを信じて日記を書きたいと思う、最後に二人が口を合わせて言っていました、我々が外にいたとしたらこのような訴えに恥ずかしながら多分耳を傾けなかっただろう、、囚われの身となり初めてはめられた囚人の気持ちがわかった。まさか自分がこのようなことになるとは夢にもおもわなかった。と、、

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手紙1

手紙2


このたびJP,PJ両名が今後牢獄で生き抜く手段として支援者、親兄弟の寄付だけではなく、自立?
収入を作りたいということで、刑務所内で作られる製品?をここを使い売ることはできませんか?
と投げかけられ、獄中通信販売??みたいなものをテストで作ってみた。

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獄中日記
起床後、僕は日課である、モーニング・デボーション(教会)に行き聖書の勉強をしている。今日はヨハネの手紙I2章6節から9節その中に(自分はクリスチャンだと言う人は、キリストと同じ生き方をすべきです)というお言葉がありました。別に自分が十字架に掛けられて死ぬと言う意味ではありません。全ての罪を取り除き、全ての人を愛する事がキリストと同じ生き方と僕自身理解しているが、これが実行出来ないのが、人間の弱さと思う。欲には、食欲、金欲、性欲、数々の欲がある。これらを自制することは、通常出来ないだろう。欲の為に争いが各地で発生しているし、傲慢となりコントロール不能となる。お互いに自減を待つだけである。イエス・キリストは我々の罪の為に自ら十字架に掛けられ死なれた、これこそ愛である。僕もクリスチャンと成り、まだ5年でまだまだ勉強不足だし、今すぐキリストと同じ行き方には、まだ程遠い。一生の間でと思った、少しでも近づく事は可能であろう。1ヶ月に1度、マカティ市のマニラ日本語教会の方々がご訪問下さり聖書について御指導を受けている。感謝するのみです。アーメン。
テレビを見ていると毎日何処かで強盗、殺人事件が発生しているが、必ずと言って良いほど犯人が射殺されている。フィリピンで人命第一という言葉が無いのだろうか。日本で言われる、日本警察の原則、罪をにくんで、人をにくまず。テレビニュースの報道でも、人権とか礼をいったものが感じられない。日本では逮捕された容疑者からインタビューは警察官がガードして一切出来ない、まして死体の撮影なども出来ない。フィリピンは容疑者のインタビュー等も放映するし、路上で射殺された死体までテレビで流す。犯罪者かも知れないが死者に対する礼、人権を尊重してもらいたい。フィリピンの裁判制度もアメリカを模範としたようだが、まったく利にかなっていない。裁判で被告人の情状等を考慮し、刑を下すが、フィリピンでは、ガイドブックを見て、殺人罪14年から20年、無期刑、覚せい剤OOg無期刑、大麻OOg無期刑、強姦罪回数2回無期刑2件、イリーガル、リクルートメント被害者3名無期刑、強盗罪無期刑とガイドブックを見て判決を言い渡す。
はっきり言って誰でも裁判官は出来る。僕の事件は詐欺罪だが金額が日本円で285万、裁判官は言う、5万ペソ(125.000円)で何年だから、合計すると禁固100年と言った。しかし詐欺罪の最高刑は12年から20年だから、そのまま12年から20年の刑を言い渡された。例えば日本で詐欺罪は4~5年かな。僕が日本在住の日本人から現金を借りたのは事実だが日本へ帰り返済する旨の約束が有ったのに何故フィリピンで逮捕されるのかと思った。日本であれば民事事件と思う。刑事事件にするには一つ理由がある。現金を貸した日本人の恋人フィリピン人がイリーガル、リクルートメントで多額の返済を求められ、現金が必要となったからである。ウワサでは1.800万ペソ(4.500万円)を得た裸子。それで僕を告訴すれば、支払うと思ったのでしょう。その女性の名は、B・サンチャゴ、現在、指名手配中。
日本人でPJは強姦罪として服役している。逮捕時は強姦1回での告訴であったが、司法機関での最後の結論は強姦罪4回で裁判でも無期刑4件の判決である。PJは裁判当初から無罪を訴えていた。今現在7年服役しているが、最近、告訴した女性から申し訳ない、私の告訴は事実無根であると証言してもよいと言っている。女性が裁判所へ出頭し調書を作成すれば数ヶ月で無罪として出所出来るが、その費用、裁判所の支払い、交通費、弁護士の支払いの金と苦労している。大麻事件で服役してる日本人は2名だが、昨年の暮れ拘置所から刑務所に移動して来た1名は無罪を主張している。所持を密告した者が存在するのかもしれないが、大麻を身に着けていたらしい。控訴しているが、結果はいかに。裁判での判決は無期、年齢は40歳、サーフィンで各国を旅行した様だ。次にサーフィンが出来るのは60歳位かな。ここで書く名前はチューブ。この大麻事件は他から聞いたもので、事実関係は不明。大麻事件で聞いた事がある。日本人2人が大麻40kg所持で有罪となり、刑務所で服役していたそうだ。その方の名前はK、K村さんで控訴し、最終的には無罪で出所した。残された大麻は、誰の物で何処に行ってしまったのだろう。大麻が煙になり消えた。K村さんには、まだ、面白い事件がある。拳銃の弾を持ち帰ろうとして、腰に弾を巻いて空港へ行き、当然の様に捕まった。罰金を払って、事件は一件落着。K村さんは今、日本で暮らしているが、フィリピンには、奥さんが居りK村さんの来る日を待っている。K村さんには、まだまだユニークな話がある。元々、足が不自由だが生活には支障がない。K村さんは、病院へ入院する為、大演技を打った。人が多数集まる公園で、倒れ病院へ担ぎこまれ、出所まで病院で入院していた。シャワーはみんなが寝た後に、こっそりと、仮病がばれるからである。K村さんは出所後、インターポール同伴で帰国、国際手配の切符を持参のうえ。事件は旅券法、ほかに銃刀法、又は火取法と聞いた。
又、マニラ市拘置所にも過去、傷害致死で拘留されていた、M田氏、N村、その他が、被害者家族と示談が成立し、保釈となった。日本円で数百万円らしい。日本で傷害致死で、示談は有りますか?殴り殺しているのに。やはりM田氏は、日本からの国際手配で帰国しました。事件は殺人死体遺棄と思います。現在もK本刑務所で服役中です。事件は別として気の毒ですよ。本人はフィリピンの妻子の事を心配していたが、当の本人は、男を次から次へと変えている。フィリピンで言うパロパロ(蝶)ですョ。男なら花から花へだけど女の場合は何と言ったら良いのだろう。小枝から大枝へでも言っておきましょう

懲役囚の希望

ニュービリビット(モンテンルーパ刑務所)より1通の手紙が届いた。

早速お二人に会いに刑務所に面会に行った。そこでお二人から聞いたいろいろなお話、
彼らが書き記している日記、他をここでご紹介していくことにした。
彼らが本当に無罪なのかどうかの審議はわからない。しかし彼らが経験してきたことは計り知れないことばかりで我々がフィリピンと言う国とかかわっていくのであればいざそういう事件に自分が巻き込まれたときに役に立つ事が日記に書かれている。彼らの日常起こる刑務所内の出来事から、、彼らの訴え、愚痴、他をここで紹介していきたいと思う。
ここから彼らの支援者が出てくるかもしれない?彼らはそれも期待していると言うことは本音の部分で話してくれた、、一人でも多くの人が彼らの獄中からの呼びかけに答えてくれればどんなにうれしい事か、、ほとんどの人には信じてもらえないと自覚しているしかし何処かに理解してくれる人がいるはずだとそれを信じて日記を書きたいと思う、
最後に二人が口を合わせて言っていました、我々が外にいたとしたらこのような訴えに恥ずかしながら多分耳を傾けなかっただろう、、囚われの身となり初めてはめられた囚人の気持ちがわかった。まさか自分がこのようなことになるとは夢にもおもわなかった。と、、

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手紙1

手紙2


過去に放映された刑務所内の実態ドキュメント現在ここの管理人さんのお一人管理人Jさんが撮影コーディネート、製作に加わった番組、

懲役のない刑務所 ~フィリピンの日本人死刑囚~
2004年10月13日(水) 03:00~03:55 放送 (2004年10月12日(火) 27:00~27:55 放送)
【再】2006年3月5日(日) 02:40~03:40 放送 (2006年3月4日(土) 26:40~27:40 放送)
  ↓  ↓  ↓
フィリピンの日本人死刑囚へジャン プ

昨日リーアルミッションファンデーションへ活躍期待しています、がんばってくださいと、リゾカジグループの西遊記様がここ春一同さまからと寄付金をお持ちいただいた、代表のナオ様はじめ皆様ここをお借りして心よりお礼を申し上げいたします。ありがとうございました。

寄付


 獄中日記

今日の天候は、早朝パラッと小雨が降ったが、青空が広がり暑い一日であった。しかし夕方が雷と共に雨が降り出した。フィリピンの自宅に電話した。義母が電話口に出た。子供、次女が風邪気味らしい、体調が良くなれば面会に来ると言っていたが、会いたいのが本心だが無理しないでほしい。子供と再会するのは、約5年ぶりに成る。今6歳、7月22日で7歳の誕生日を迎える。僕のことを覚えているか心配である。何を話したら良いのか、思い浮かばない、血のつながった我が子だから気持ちが通じ合えば良いのだが。長女は今9歳、最後に会った時は4歳だから、僕の事を憶えていると思う。一日も早く会いたい。
でも生活費、学費等、渡して上げられないのが情けない。日本では14年前に離婚した子供は男の子2人で、今、長男23歳、次男21歳である。離婚した当初、長男は僕が引き取り9歳~12歳まで、僕と2人で生活していた。3度の食事、遠足、運動会、サッカーの練習、試合にも同行した。一般家庭の様に食事を用意し参加した。毎週日曜日は2人でドライブ、カートに乗車し子供と競争した事も、又、日光や千葉県まで魚釣り、キャンプそして小学校の卒業記念として、子供とサイパンへも行った。トローリング、パラセーリング、ガンの射撃など、日本では経験出来ない事を体験させた。子供が13歳の時、母親の元に返し、1年に1度2人の子供が夏休みに上京し再会した。旅行を楽しんだ事が思い出される。今、僕が刑務所に居るとは、とても言えない。。
子供二人は、すでに成人だが、僕の心の中では別れた時の年齢のままである。あの時離婚していなかったら、ぼくはフィリピンの刑務所には入っていなかったと後悔しても遅い。
今の妻と結婚したからこそ、二人の娘に恵まれたのだから。妻を愛し、子供を愛し、1日も早く4人で暮らせるように、また、4人で日本へ行くことが出来る様に希望をいだいている。
今日のあさ、ミディァム・セキュリティー・コンパンド(中期刑)での知り合いに会った。彼は2005年に仮出所したのになぜ、マキシム・セキュリティー・コンパンド(長期刑)に居るのか聞いてみた。仮出所後、話し合い中に口論となり、包丁で3度刺して殺害したらしい。酒は飲んでいなかった、ただ高血圧で頭に血が昇ったらしい。以前、高血圧で倒れ左足が弱干、不自由になった。本人言く、出所は2028年だそうだ。彼は今、33歳で出所は53歳とまだまだ働く事は出来る。健康管理に万全の注意をしなければいけない。刑務所内の病院では年間約150人位が死亡している。病院だからっと言って安心しては、命取りとなる。血液採取、注射、点滴は看護婦や看護士ではない。囚人が行っている。今は注射器は1度で捨てているが、以前は使い回し、伝染する病気、エイズ、性病、肝炎は危険である。過去、刑務所の病院では肝臓の販売希望者から肝臓を摘出し所外へ販売していた。囚人の手取り額は3万ペソ(7,500円位)から5万ペソ(12万5千円位)で売買されていた様だ。しかし実際の売買金額ははるかに高いと思う。日本であれば数百万から数千万位するのでは、その点は分からないが、日本でも他の国でも肝臓移植を必要する方が多い。フィリピンも原則として禁止している様だが闇の世界では例外で販売されている。精神病の房が在るが常時70~80名は入房している。少々安定すると一般の房舎は戻る。しかしいつ精神に異常が発生するか心配である。寝ている間に刺される可能性もある、放火することも考えられる。フィリピンでは逮捕時に精神異常の疑いの者に対して精神鑑定は無いのだろうか?裁判でも判決に大きく左右すると思うが。
証拠品の保全もズサンである。犯行に使われた銃器を素手で触ったり、裁判中でも証拠品が紛失する事もある。フィリピンは自白は証拠となるが、日本は自白は参考までで証拠としては認められない。日本とフィリピンの裁判の形は違う。日本は無罪からスタートし、証人、証拠品等で犯罪を裏付ける。しかしフィリピンは有罪からスタートする、被告人側が自分が無罪と成る様な証人、証拠品を発見、提出しなければ、有罪と成る確率が高い。日本は、疑わしき罰せず、フィリピンでは、疑わしきものは罰する。多分、日本で裁判を行えば3分の1は無罪でしょう。例えばAと言う女性がBの男性に強姦されたと告訴された場合、間違いなく有罪で無期刑だろう。又、警察官等、現金を脅し取ろうとした場合、外国人の乗車する車、バック類に覚せい剤、大麻、ヘロイン、コカインを投げ入れ、薬物の不法所持で逮捕する。と言われたら、それはビックリするだろう。その後、20万ペソ(約50万円)とか100万ペソ(約250万円)支払えば示談にすると言われたら、刑務所で15年以上服役する事を考えれば、泣く泣く現金を渡すだろう。フィリピンは悪徳警官がゴロゴロしている。警察官自身も凶悪犯罪を犯すし、薬物乱用者も多数存在する。
年に1~2回警察官に対する薬物検査も行ってはいる、でもこの検査で告発されるのは、ほんの一部。検査員に現金を渡すか、他人の尿を入れれば良いのだから、正直者はバカを見る。警察官の囚人、未決囚を合わせたら500人を下らないと思う。日本の警察官は数人でしょう。
今日の食事
朝食、フィリピン風のおかゆ

刑務所内処刑

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過去に放映された刑務所内の実態ドキュメント現在ここの管理人さんのお一人管理人Jさんが撮影コーディネート、製作に加わった番組、

懲役のない刑務所 ~フィリピンの日本人死刑囚~
2004年10月13日(水) 03:00~03:55 放送 (2004年10月12日(火) 27:00~27:55 放送)
【再】2006年3月5日(日) 02:40~03:40 放送 (2006年3月4日(土) 26:40~27:40 放送)
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フィリピンの日本人死刑囚へジャン プ


獄中日記

今日は1日、雨で涼しい日であった。又ホコリもたたず気持ちが良い、昼から雨は上がり曇りに。
僕は刑務所生活をしていて、警察官、軍関係者が多数である事に驚く。薬物、殺人、強盗、誘拐の凶悪犯罪が占める。
日本の警察の不祥事は日本全体を見ても数件であろう。ワイセツ行為、酔っ払い運転による事故、万引き程度と思う。過去には東京世田谷経堂の松山事件、巡査が巡回中に女子大生を殺害した事件。警察官がホステスを殺害した凶悪事件も発生しているが、フィリピンには比べ物に成らない。日本の警察は人命尊重し、被害所の救出を第一とし、犯人の逮捕が職務である。フィリピンの警察(PNP)は違う。
何でも勘でも発砲し、犯人であろうが被害者であろうが射殺する。逮捕しても拷問はすさまじい。手の指の間に木製の棒を入れ、力強く握る。指は骨折する。殴る、蹴る。囚人中には多数の身体障害者が存在する。殴る蹴るは当たり前。逮捕される前に被害者、被害者の身内の者による私刑も有り、腕の切断、足の切断、目を潰す等の私刑を実行している。今でも両足切断(太ももから)され、車椅子生活を送っている者も居る。
刑務所でも同じである。
2003年に発生した事件で、あるギャンググループのボスの所へ妻子が面会に来た。子供(女の子6歳)で、その子は同じグループの人間が面倒を見ていた。数時間後、母親が異変に気がついた、女の子の下着が汚れてる(精液)、母親は子供に聞いたところ(おじさんにオシッコかけられた)と話した。母親は直ちに父親に全てを告げた。その夜、父親(ギャングのボス)は、本人を呼び出し、鉄の棒で頭を殴った。頭はパクッリと口を開き、おびただしい出血、その後、手足の爪を全て剥ぎ取り、ラストはジュニアを切断し口の中に押し込んだ。本人が逃げないように、す巻きにし、朝まで放置した、すでに死亡していた。刑務所は捜査するが、別人が犯人として出頭し、裁判では無期刑。グループのボスは、月々の生活費を支払う約束が出来ていた。2004年ボスは出所したが、約3ヶ月たったころ殺された。このボスは刑務所内で合計3名を殺害している。殺人犯の身代わりと成った人間は、生活費が途切れ、苦渋をかんでいた。
アァ!!そうだ今日、午前中、日本人囚人 S、とO,とAさんに会った。Sは日増しに痩せている。顔色も悪く皮膚も乾燥気味、金が廻ってない様だ。新しいターゲットを物色中だろうなぁ~。観光客が来れば、泣き落としで現金をゲットする。大の大人が平気で人前で涙を流す。アカデミー賞の主演男優賞、オスカー並み。それ以上かも。Aさんに会い元気ですか?何処へ行くのと、え~事務所まで、僕がもうすぐ出所ですねと言うと
え~もうすぐです。とAさんが言った。もう4年前から聞いている言葉じゃないか。彼は前から心臓病で、治療による刑の停止申請をしている。数年前に治療は完治している。心臓病ではない、血管か詰まった程度でした。もし心臓病だったら、ジョキング、卓球は出来ないでしょう。心臓が弱ければ、次々と他人の子供を自分の子供としいて認知しないでしょう。反対に心臓に毛が生えている位、心臓は強いと思います。多分今でもやってると思うが、囚人の中に、マルコス時代の隠し銀行口座を現金化しようとしている。Aさんもそれを信じ、いろいろと動いている。僕も一度書類を見たことが有るが、東京三菱、UFJ、三和、三井住友、スイス銀行、香港、アメリカの口座である。東京三菱銀行だけでも1兆円以上、三和銀行でも、金証券20ミリオンドルが10枚とか、合計するとフィリピンの年間予算を上回ると思う。
この話を内外の者に信用させ、お金を得る。1種の詐欺ですね。他にも有る、太平洋戦争時代のアメリカ発行の軍票、ウェスドン、ファルドンとかビクトリーの話もあり、額面だけでも600億ドルと言った話も有る、騙す方も凄いが、騙されるバカも居る。フィリピンでは今でも、山下将軍の金の話がある。地図を持って来たり、暗号の記号が書かれた物等持参して来る。フィリピン全土を掘れば金が出るかもしれないが、資金がかなり掛かる。
1999年に長野県出身の方で、バターンで金探しえ押している老人に会った事がある。1年で数百万を投資している。現地人の給料、資材等の費用である、もう15年は金探しをしている。結婚ビザを取得する為にC市の女性と偽装結婚もしている。会社の退職金を全て投資している。金の延べ棒が1本でも出ればよいが、出なければ自分が穴に埋もれちゃうよ。
僕が2001年から20002年、入国管理事務所の拘置施設(BID)で暮らし他が、そこでも日本人が、ハイ・イードル銀行証券の売買の話を持ってきた。H島氏、М城氏、Y辺氏、それにフィリピン人でべラスコが来て説明した。銀行発行の1000万ドルの証券を5000万円で購入し、ハイ・イードルのコンピュータ情報を元に売買し、利益を得るらしい。1日で億単位の利益が有ると言っていたが、その話が本当なら、全世界の長者がやらない訳が無い。美味しい話しには、気を着けなければいけない。入国管理事務所の拘置施設(BID)はフィリピンらしい。金が有れば外の世界と全く同じ、金を支払えば、デパートへの買い物、夜、ビデオケの店に行って飲酒、自分の自宅へ帰ることも出来る。射撃場は行って射撃も可能、隣で警察官が射撃訓練しているが。
事件により拘置されている者は1回の裁判で弁護士費用2000ペソ(約5000円)職員によるエスコート2000ペソ、ガソリン代500ペソ(約1200円)食事代、日本人の場合、日本食レストランで食事、合計すると日本円で2万円以上が必要だ。職員のよるエスコート費は職務だから必要ないし、ガソリンも役所で支払うので不要、全て職員のポケットに、、、、。
拘置所で禁止されている物は全て職員が持ち込んでくる。覚せい剤、酒、女、ギャンブル、職員は大きな金を得ている。逃亡の協力もしてくれる。裁判へ出所する際、途中で車を下車するか裁判所からそのまま逃がしてくれる。
それには、まとまったお金が必要だ。職員が免職になった場合の生活費が必要だから、一般的に100万ペソ(250万円位)と言われていた。
強制送還から仮出所とするためには当時30万ペソ(約75万円)、この金を払えば出れた。
しかし中には弁護士が騙し取る例も多くある。国際手配も関係ない、日本人で、偽装紙幣1億円で指名手配の切符が出ていても、強制送還にならず、仮出所している。
なぜ、すぐ強制送還されなかったか、それは、フィリピン国内で架空の事件を作れば良い。強制送還にはならない。その架空事件に協力する日本人は、I上氏、BIDの拘留生活は10年を越えている。本人も架空事件で強制送還されていない、やはり、日本からの国際手配となっている。
罪名は強盗教。このI上氏は新しく入所する日本人、外国人に仮出所の話を持ち込み50万円、100万円、200万円と騙し取っている。
BIRで10年以上拘留されている事を考えると、日本で刑務所へ入ったとしても、もう満期で出所していたであろう。
BIDにもし入る可能性のある方は、I上氏にはご注意ください。
彼は最初に俺は前にイミグレーションに務めていたから、コネがある。
この言葉が黄色信号。
今日の食事

朝食、コッペパン1個
昼食、牛の腸のような物(4×4㎝位、野菜はバナナの花のつぼみ)
夕食、イワシの缶詰め半分

獄中死亡の邦人裏口出所

ニュービリビット(モンテンルーパ刑務所)より1通の手紙が届いた。

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彼らが書き記している日記、他をここでご紹介していくことにした。

彼らが本当に無罪なのかどうかの審議はわからない。しかし彼らが経験してきたことは計り知れないことばかりで我々がフィリピンと言う国とかかわっていくのであればいざそういう事件に自分が巻き込まれたときに役に立つ事が日記に書かれている。彼らの日常起こる刑務所内の出来事から、、彼らの訴え、愚痴、他をここで紹介していきたいと思う。

ここから彼らの支援者が出てくるかもしれない?彼らはそれも期待していると言うことは本音の部分で話してくれた、、一人でも多くの人が彼らの獄中からの呼びかけに答えてくれればどんなにうれしい事か、、ほとんどの人には信じてもらえないと自覚しているしかし何処かに理解してくれる人がいるはずだとそれを信じて日記を書きたいと思う、

最後に二人が口を合わせて言っていました、我々が外にいたとしたらこのような訴えに恥ずかしながら多分耳を傾けなかっただろう、、囚われの身となり初めてはめられた囚人の気持ちがわかった。まさか自分がこのようなことになるとは夢にもおもわなかった。と、、

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手紙1

手紙2


獄中日記

今日は、晴れ上がり、暑い1日だあった。日本は梅雨期で、ジメジメとし蒸し暑い又、カビ臭い頃だろう。しかし今は、懐かしく感じられる。日本を離れ10年が過ぎ、10年一昔と言うが、帰国後、電話の掛け方、電車の乗り方、その他、色々塗、不自由するだろう。フィリピン人旅行者の様なものだろう。我々も1種のフィリピン人化しているにかも知れない。日本へ帰るが、日本へ行くと言い換えた方が良いかも。喜び反面、不安が有る事は事実。
本日から7月に入り、8月15日は終戦記念日が間近かとなった。今年も昨年と同じ様に墓地の清掃と感謝、慰霊を捧げたいと思う。本来、囚人は、裁判、病院等以外、特別な理由が、無い限り、刑務所の外へ出る事は不可能であるが、しかしここ、フィリピン社会は違う。お金により、許可はもらえる。どんな事であろうと。ビデオカメラ、カメラの持ち込みも同様である。金が全ての国ですから、人の命よりも金が大切と言う国です。人を殺しても、8年から16年の判決の者もいる。詐欺罪の者は12年から20年とか無期、金銭関係は厳しい。
そう言えば、1年位前に出所したOさんは、今でも日本に帰国する事が出来ない。現在79歳と思う。帰国の為、一時入国管理事務所の拘置所にて拘束されていた。法務省のガイドラインでは、70才以上の者、外国人とか点数が打ち出されているが、未処理事件が、発覚しては無理だ。同じ東京出身の僕から見ても気の毒である。しかし自分には何もしてあげられない。但し、早期に帰国し、残された余生を送っていただきたい。口癖の様に言っていた事だが(日本で離婚した、元妻が待っている)と話していたが、以前にガンの病意で病床に着いている。現在も生存しているかは、不明である。日本人の未決因でも、死亡しても遺骨の引き取り人が無く、フィリピンで無縁仏として埋葬されている例も有る。
フィリピン人でも同様、刑務所で死亡した場合、家族等へは連絡するが、引き取り人が無い場合、米袋に入れ無縁墓地に埋葬する、人間扱いしていない。犬、猫、ゴミと同じだ。こんな所で犬死にはしたくない。畳の上とは言わないが、日本の地で、これがフィリピンに服役している日本人の総意であると思う。囚人に限らずフィリピン在住の日本人も同じだと思う。
今日の食事
朝食、ソウパス(マカロニのミルク煮、ミルクが足りなく味がない)
昼食、豚のシニガンスープ(酸っぱいスープに豚の脂肪2.5×2.5㎝位)
夕食、生イワシ1匹(いつもの様にホルマリン漬け)
日本食が食べたい、何でもいい、味噌汁、おしんこ、とんかつ、コロッケ、そば、うどん、刺身、寿司。本当に、何でもいいから日本食だ。やっぱり日本米だ。日本米ならおかずはいらない。


今日は朝から曇り時々日を差すが又、小雨も降る。1日であった。
今日、午前中、ミディァム・セキュリティー・コンパンドで一緒であったフィリピン人に会った。名前はジョエル、年齢は25か26歳と思う、彼の事件は、殺人と死体遺棄である。共犯者は、全員で7名。全員、親子である。近所の家とのトラブルで相手を殺害し、死体をバラバラに解体したとの事である。父親と子供4名は逮捕されたが、2名は逃走し、現在・指名手配中。
親子共犯の事件で思い出したが、同じ房に親子で強姦というのもある。自分の養女を父親が強姦し、子供の同じく強姦した事件である。父親の判決は死刑。しかし死刑制度が廃止されたので、今は無期、子供の方は無期、フィリピンでの判決が無期でも、12~15年で仮出所する。でも、フィリピンは強姦罪で服役している囚人が多い。日本からは考えられる強姦とは違う。自分の子供を強姦する例が多い。人間ではない。犬、猫、ネズミならまだしも。自分の子供をレイプするとは。。。
日本人でも2人ほど、変態が存在していました。二人供出所しましたが、1名は出所といっても天国へ出所しました。地獄かもしれませんが。幼児に対する性的いたずらです。男、女は関係なし、子供なら誰でもいいのです。亡くなった方の事をあまり書くと、夜が怖いので、これまでに。。。もう一人は当時65歳、I県のM下さんです。生後八ヶ月の赤ん坊に自分のジュニアをOOOOさせた事件です。本人は無罪を主張していましたが、ビデオカメラで撮影されていたので、動かない証拠です。70歳を過ぎ、大統領恩赦で出所し、今は日本です。M下さんが言ってました。(次は何処の国へ行こうかな)と日本でも、他国でも、事件を犯さなければ良いのですが。I県の人間はケチと言うが、確かにケチである。しかし、若い女の娘に、甘い声を掛けられると、財布が開く。十歳位の女の子には、キスしてくれたら20ペソ(約50円)あげると子供の親の前でも平気で言う。この変態ジジイ!!
変他で、頭に浮かぶのが、地元フィリピンの変態市長。その名はS氏。S氏は女性より男性が好みで、アベックがいたならば、二人を連れ去り、自分の手下に女性を自分は男性をレイプする。のち二人供殺してしまう。終身刑が9年、キング・オブ・変態オヤジ。又、アニマル系の変態も、カラバオ(水牛)、犬、猫、鶏、をレイプした者も居る。動物は告訴しない。同じ房で、2週間程前、白い猫をトイレでレイプした者もいる。他の者が言うには、出血したと喜んでいた。本当にバカなフィリピン人が多い。
日本の刑務所でも、よく行われている様だが、自分のジュニアに歯ブラシの柄で、玉を作り入れるらしいが、モンテンルーパ刑務所でも、入れる者がいる。プラスチェクの玉を入れる際、カミソリ包皮を切るが、深く切り過ぎる、血管まで切り不能に成ったそうだ。プラスチックのボールを入れても不能では、妻や彼女が逃げてしまうのがオチ。以前から思っていた事だが、フィリピン人の多くの者は会話は出来ても、読み書きが出来ない。70歳、80歳の老人ならまだしも、20歳から60歳の者でも、読み書きが出来ない者がいる。理由は色々有ると思うが、家庭生活が貧しいため、仕事をしなければいけないので、学校へは行かないのが多いだろう。日本人の囚人の中にも1人読み書きできない者がいる。日本人で昭和20年後半生まれで、読み書きできない。この日本人は人間国宝と言わざる負えない。昨日、日本人の象さん舎房の罪として、舎房からの外出が禁止となったそうだ。理由は借金問題、外出禁止は罰であるが、もう一つ身の安全の為でも有る。借金問題、食事関係で、殴り合いのケンカ、刺されたり、時には命を失う事も有る。昨年、支給食の量の多い少ないで殺人事件にまで発展した。大半の者は出所を待ち望んでいるが、中には、このまま刑務所生活をと望む者も居る。理由は出所しても帰る家が無い、仕事が無い、金が無い、それなら刑務所生活は天国だ。寝る所は有り、不足では有るが三度の食事は与えられる、仕事が無くても、生きていける。出所しても、又新しい犯罪を犯し、刑務所へ逆く戻り。確かに再犯率は高い。出所しても危険が共う被害者に復習され殺される。昨年、出所した者が1ヶ月も経過しないうちに、首と胴、二つに切断され殺された。
今日の食事
朝食、ご飯、イワシの乾燥させた物
昼食、野菜の煮物
夕食、生卵1個
今日の食事を計算してみると、ご飯9ペソ、イワシ3ペソ、玉子3.5ペソ、野菜の煮物4~5ペソ、合計20.50ペソ位、日本で50円弱、カロリーはどのくらいだろう?500カロリー有るかどうか??
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プロフィール

管理人

Author:管理人
メールアドレス  free4649@msn.com

P J  1962年2月4日生まれ 46歳   
    罪名 強姦罪 刑期 無期1997年9月1日 1997年9月1日 12歳の子をレイプしたと訴えられセブ署にて逮捕 9月3日ダナオ刑務所に移管2週間後保釈、2001年7月20日 判決 2001年8月20日 モンテンルパ刑務所に移管


P J  1957年5月5日生まれ 51歳            
    罪名 詐欺罪 刑期 16年~20年 2001年9月24日 マカティ警察 逮捕 拘留 9月27日ビクータン入国管理局留置所 2002年10月4日 判決が下り 2004年10月10日 ニュビリビットモンテンルパ刑務所 Mediam 入所 2006年4月6日無期死刑房に移管、現在に至る。

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